1枚の写真…

雨の舗道

このBlogに不似合いな写真で申し訳ありません。
私にとって、フルーツの写真を撮るのは、ほぼ日常的なルーティン・ワークとなっている訳で、仕事が終わると、気ままにパチリと撮ってみたいなぁ…などと思うわけです。
まさに金澤らしい天気が続く霜月
この頃になると、頭の中に「冷たい雨」のメロディが…

で、お手軽にいちば館広場で1枚と相成ったわけですが、まぁ、それ程のものも撮れなかったかなぁと思いつつも

家へ帰ってから、写真を整理していると…
撮った時には、濡れた歩道をねらってはみたものの、あぁ~ぁ変な自転車が1台写り込んどるしなぁ…程度にしか思っていなかった写真が、露出の調整をしてるうちに、何じゃこりゃ~!
つまりは、自転車のシルエットを浮かび上がらせると、自分で撮った写真なのに、なんとも愛おしい写真に思えて来たんです^^;

家路を急ぐ車のテールライト
冷たい雨の中に輝く「金箔きらら」のイルミネーション
人影が途切れた雨に濡れた歩道
その中に置き去りにされたかのように佇む1台の自転車

いい情景やぁ…、と一人悦に入る自分

文章と写真は、表現方法において対局にあるものだと思うわけです。
文章は、その文字による表現によって、人の心の中にイメージを映し出していくものであり、
写真は、ある一瞬を切り取ったその描写で、人の心に文章を紡ぎ出していくものだと思いませんか…?

何れにせよ、受け取る人の中に描かれるものは、百人百様…。
別に正解など有るわけでもなく、送り出す側の想いと全く異なっていようが、咎め立てすべきものでもない。
逆に、送り手側の想いを誰も否定することも出来ない…。

創造とは、自己満足の世界かもしれない…。
そんな思いが、昔から自分にはあって、その創造(クリエイト)する手段を持ち合わせている人は羨ましいなぁ…と、思っていたわけです。
それが、物を書くことであれ、絵画であれ、彫刻や造形であれ、歌であれ、演奏や演劇であれ…

いずれについても大した才を持ち合わせていない私にとって、デジカメの出現は画期的なことだ!と、最近つくづく感じてます。
ここまで生きてきて良かったわぁ…♪

言っておきますが、あくまでも自己満足の領域を踏み出すほどのものではありませんので、誤解のないように…^^;

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中